はじめまして
はじめまして。
を、まったく書いてないことに気付き…(汗)。
2003年にダンナと結婚してから、しばら~く二人の生活をマイペースで楽しんでおりました。
ワタシはお仕事をしていたのですが、けっこうハードなお仕事で、生理も不規則でした。
あまりに出血が続いたので、ある日思い切って産婦人科へ。
ストレスでホルモンバランスが崩れているということでお薬で調整することに。
そのときの女医の先生に、
「結婚もされてるし、一応、赤ちゃんがちゃんとできるかどうかを調べてみたら?」
と勧められ、それもそうね、と検査を受けてみました。
すると、なんと、両方の卵管が詰まっているとのこと。
それで、通水という治療を受けてみましたが、何が詰まっているのか?!まったく水(?)は通らず。
先生から、「このままだと、90%以上自然妊娠は難しいわねぇ~。」と言われ…。
先生、まじで?
というか、結婚していつかは自然と子どももできるでしょ、と考えていたワタシには、晴天の霹靂!!
検査を受けずに妊娠できにくいということを知らされなければ、きっと、おじぃちゃん、おばぁちゃんになってから、
「子ども、授からんかったのぅ」
と夫婦で言っていたはず。
けれど、自然には90%以上自然に妊娠できにくい、と知ってしまった今…。
ダンナと話し合って、治療を受けてみようということに。
いろいろな細かい検査を受けると、わたしだけでなく、ダンナもストレスで精子に元気がないということが判明し、最初からいきなり、顕微授精を受けることに。
そこで、これを経験した方は十分知ってらっしゃると思いますが、例に漏れず、仕事が終わってから、点鼻薬や注射の日々でした。
で、卵ができたので、初の採卵。
卵は無事とれたので、お家で安静に、、、と帰されたのですが、
そこからが大変。
3時間ほどで動けると言うことだったのに、寝返りをしようとしただけで、嘔吐!
お腹が痛くて、まったく起き上がれず。
ガマンの限界を感じて、病院に電話して、ダンナとばぁばに病院に送ってもらうと…。
お腹でかなりの出血。
そして、緊急手術となりました。
どうやら、卵巣がなぜか半分黒くなっていてそこから出血していたようでした。
一命をとりとめたものの、1ヶ月以上もお仕事もお休みすることに。
もちろん、採った卵は凍結。
半年後、体調がだいぶ戻った頃にお腹に戻した受精卵はやはり着床しませんでした。
その後は、家族全員が、その治療に反対し(そりゃそうだわね)、ワタシもそんな気分になれず。
その代わり、ダンナと楽しく過ごしていこうと、ダンナの趣味のサーフィンを初め、しかも、それにはまり、週末はロングボードで宮崎に行っていました。
波に心地いいスピードで乗れたり、波待ちしてプカプカ浮いているだけで、頭の中がからっぽになって、スッキリして幸せな気持ちになれました。
そんな時間を過ごし、3年。
なぜか、再び、ワタシは子どもがほしいなぁ…と思うようになりました。
最後だから、と反対する家族を説得して、もう一度だけ顕微授精にのぞむことに。
緊張の採卵は、前回は、全身麻酔だったのですが、けっこう無意識に動いたようで、今回は思い切って部分麻酔でチャレンジ。卵は7個ほどとれました。
受精したのは、3個。
不思議と、前回の受精卵よりとってもグレードのいいものでした。
ワタシが思うに、きっとサーフィンが良かったのかもと思います。(あ、誰にとってもという意味じゃなく)
わたしにとって、ストレス解消、適度な楽しい運動。
先生に「1つ戻しますか?それとも、2つ?」と聞かれ、
間髪入れず、「2つお願いします」と言ったワタシ。
これが、最後だと思ったし、少しでも可能性が高くなるなら…と思っての決断でした。
そうして、生まれたのが、海&洋です。
妊娠中もつわりで入院したり、後半3ヶ月切迫で点滴と暮らしたり、一時は市立病院への搬送も可能性があがったりしていましたが、
無事、36週で、海2300グラム
洋2500グラム で、元気に生まれてきてくれました。
正直、乳児の頃は、夢中であまり記憶がありませんが(笑)、
二人の笑顔にしみじみとした幸せを感じる毎日です。
ブログは、怒ったり、泣いたり、笑ったりしている二人の成長を記録として残しておきたいなぁ~と思い、始めました。
つたない文章だけれど、もう少し大きくなったら、二人にプレゼントできれば(笑)。
そんなブログですが、どうぞおつきあいくださいませ♪
今日も一日おやっとさぁ(*^▽^*)
よかったら応援ポチッとお願いします。
来てくださって、あいがとさげもしたぁ(*^ー^)ノ
↓

にほんブログ村
を、まったく書いてないことに気付き…(汗)。
2003年にダンナと結婚してから、しばら~く二人の生活をマイペースで楽しんでおりました。
ワタシはお仕事をしていたのですが、けっこうハードなお仕事で、生理も不規則でした。
あまりに出血が続いたので、ある日思い切って産婦人科へ。
ストレスでホルモンバランスが崩れているということでお薬で調整することに。
そのときの女医の先生に、
「結婚もされてるし、一応、赤ちゃんがちゃんとできるかどうかを調べてみたら?」
と勧められ、それもそうね、と検査を受けてみました。
すると、なんと、両方の卵管が詰まっているとのこと。
それで、通水という治療を受けてみましたが、何が詰まっているのか?!まったく水(?)は通らず。
先生から、「このままだと、90%以上自然妊娠は難しいわねぇ~。」と言われ…。
先生、まじで?
というか、結婚していつかは自然と子どももできるでしょ、と考えていたワタシには、晴天の霹靂!!
検査を受けずに妊娠できにくいということを知らされなければ、きっと、おじぃちゃん、おばぁちゃんになってから、
「子ども、授からんかったのぅ」
と夫婦で言っていたはず。
けれど、自然には90%以上自然に妊娠できにくい、と知ってしまった今…。
ダンナと話し合って、治療を受けてみようということに。
いろいろな細かい検査を受けると、わたしだけでなく、ダンナもストレスで精子に元気がないということが判明し、最初からいきなり、顕微授精を受けることに。
そこで、これを経験した方は十分知ってらっしゃると思いますが、例に漏れず、仕事が終わってから、点鼻薬や注射の日々でした。
で、卵ができたので、初の採卵。
卵は無事とれたので、お家で安静に、、、と帰されたのですが、
そこからが大変。
3時間ほどで動けると言うことだったのに、寝返りをしようとしただけで、嘔吐!
お腹が痛くて、まったく起き上がれず。
ガマンの限界を感じて、病院に電話して、ダンナとばぁばに病院に送ってもらうと…。
お腹でかなりの出血。
そして、緊急手術となりました。
どうやら、卵巣がなぜか半分黒くなっていてそこから出血していたようでした。
一命をとりとめたものの、1ヶ月以上もお仕事もお休みすることに。
もちろん、採った卵は凍結。
半年後、体調がだいぶ戻った頃にお腹に戻した受精卵はやはり着床しませんでした。
その後は、家族全員が、その治療に反対し(そりゃそうだわね)、ワタシもそんな気分になれず。
その代わり、ダンナと楽しく過ごしていこうと、ダンナの趣味のサーフィンを初め、しかも、それにはまり、週末はロングボードで宮崎に行っていました。
波に心地いいスピードで乗れたり、波待ちしてプカプカ浮いているだけで、頭の中がからっぽになって、スッキリして幸せな気持ちになれました。
そんな時間を過ごし、3年。
なぜか、再び、ワタシは子どもがほしいなぁ…と思うようになりました。
最後だから、と反対する家族を説得して、もう一度だけ顕微授精にのぞむことに。
緊張の採卵は、前回は、全身麻酔だったのですが、けっこう無意識に動いたようで、今回は思い切って部分麻酔でチャレンジ。卵は7個ほどとれました。
受精したのは、3個。
不思議と、前回の受精卵よりとってもグレードのいいものでした。
ワタシが思うに、きっとサーフィンが良かったのかもと思います。(あ、誰にとってもという意味じゃなく)
わたしにとって、ストレス解消、適度な楽しい運動。
先生に「1つ戻しますか?それとも、2つ?」と聞かれ、
間髪入れず、「2つお願いします」と言ったワタシ。
これが、最後だと思ったし、少しでも可能性が高くなるなら…と思っての決断でした。
そうして、生まれたのが、海&洋です。
妊娠中もつわりで入院したり、後半3ヶ月切迫で点滴と暮らしたり、一時は市立病院への搬送も可能性があがったりしていましたが、
無事、36週で、海2300グラム
洋2500グラム で、元気に生まれてきてくれました。
正直、乳児の頃は、夢中であまり記憶がありませんが(笑)、
二人の笑顔にしみじみとした幸せを感じる毎日です。
ブログは、怒ったり、泣いたり、笑ったりしている二人の成長を記録として残しておきたいなぁ~と思い、始めました。
つたない文章だけれど、もう少し大きくなったら、二人にプレゼントできれば(笑)。
そんなブログですが、どうぞおつきあいくださいませ♪
今日も一日おやっとさぁ(*^▽^*)
よかったら応援ポチッとお願いします。
来てくださって、あいがとさげもしたぁ(*^ー^)ノ
↓

にほんブログ村
スポンサーサイト
| はじめまして | 10:53 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑